最新情報8

49600
名前
件名
メッセージ
メールアドレス
URL
文字色
編集/削除キー (半角英数字のみで4~8文字)
プレビューする (投稿前に、内容をプレビューして確認できます)

中国を取り巻く環境 仲條拓躬

2025/06/24 (Tue) 08:24:41


日本や米国、台湾では、中国の強大化を恐れて、中国共産党体制が崩壊すればよいと考えている方々がいます。米国は既に、中東などで自国の脅威になりそうな国に民主化しろとと圧力をかけ、その体制を崩壊させてしまう戦略を50年も前から行っています。

イラクもイランもその一国でしょう。中国共産党に対しても、香港や中国大陸の民主化活動家を支援して、中国共産党を不安定化させようとする戦略を行っていました。この影響を受けた、台湾の独立派達は中国が民主化することを望んでいます。

台湾に住む人々は日本語が得意で「中国共産党政権は早く民主化した方が中国人は幸せになれる」と主張する本を書いて日本で出版しています。台湾独立派の中には、日本を好きな人が多いので、これらの行動は善意で行っているのでしょう。

中国共産党の独裁政治が崩壊しても、日本や台湾にとって都合のよい状態になるとは限りません。独裁政治が崩壊して民主化したが、カリスマ的な政治家が突然現れて、中国を再統合するために、更なる反日感情や反台湾感情をむき出しにして、日本や台湾の製品を中国市場から完全に締め出すかもしれません。

中国が混乱して、経済が悪化したら、中国の民も、共産党独裁下の方が幸せだったと語る方も出てくるでしょう。問題なのは、米国の世界覇権が減退しているので、北朝鮮や台湾海峡の問題解決に本腰を入れなくなり、北朝鮮問題は中国と韓国に任せ、台湾海峡問題では台湾を擁護しなくなり、中国の言いなりになっていることです。

米国の覇権衰退後に、中国にいじめられるのを避けたいのなら、日本人は中国のことを深く分析しなければならないでしょう。日本人は、戦前の方が深く中国を理解していました。米国の虎の威を借りているだけの現在の日本人ではダメだと思うのです。

実際、中国共産党体制が崩壊する可能性はどのくらいあるのでしょうか。中国のマスコミは、国民の不満を取り除き、共産党政権を長続きさせるために存在しています。報道の自由を求める中国のマスコミが、一党独裁に反対する政府運動を始める勢力へと発展することは、今後共産党の中央が物凄い腐敗や無能な状態に陥らない限り、あり得ない話だと感じられます。

靖国神社と東京裁判について 仲條拓躬

2025/06/24 (Tue) 08:23:32


靖国神社参拝問題については、政教分離と信教の自由との兼ね合いは、はっきりしませんが、日本人の精神に関する部分なのだから、近隣諸国からとやかく言われる筋合いはないでので、国内の事は国内の事として純粋に論ずるべきです。

靖国神社参拝を感情的、表層的に論ずるものではなく、東京裁判そのもの、戦勝国の判決の有効性があるのか検証すべきです。原子爆弾まで含めた戦禍に苦しんだ当時として、このように指摘された東京裁判の意義は、平和を願うものとして、多くの日本人に受け入れられました。

処刑された5人の陸軍大将、1人の陸軍中将、1人の文官重臣の死も、そういった平和な新世界の到来を求める祈りの象徴とみなされたと言えます。ところが、その後の国際紛争の経過を見れば、そこに東京裁判の意思が実現された事例は1度もありません。

所詮は戦勝国対敗戦国という特殊な関係だったのです。歴史認識の薄い日本人も、ひたすら大東亜戦争をはじめ日本が行った戦争すべてを侵略戦争とみなし、日本人自身がみずからを侵略者と規定して、萎縮作用を示す姿勢がうかがわれるだけです。

戦後の日本と国際社会に対して、東京裁判は歪んだ方向づけをしたのではないかと感じられます。その一例として、アメリカの教科書は原爆のおかげで、本土決戦で死ぬはずの日本人の命は救われたと書いています。

日本はというと「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」と碑を広島に建てたのは日本人です。これでは日本人が原爆を投下したことになります。東京裁判のインドのパール判事が来日した時におかしいと言ったのに改めないし、新聞もテレビでも報道しないのです。東京裁判から靖国神社を論じなければ本質には迫れないのです。

サンフランシスコ講和条約第十一条に基づいて行われたA級・B級・C級すべての戦犯の名誉は法的に回復されています。A級戦犯と言われる方々は戦争犯罪人ではないので、戦争犯罪人が合祀されていることを理由に当時の小泉内閣総理大臣の靖国神社参拝に反対するのはおかしいと解釈できます。

内閣総理大臣の靖国神社参拝は国際政治的な利害を踏まえても、A級戦犯に対する認識を再確認することは、人権と国家の名誉を守るために、必要な事だと思うのです。A級戦犯は昭和31年に、BC級戦犯は昭和33年までに釈放されました。

刑罰が終了した時点で受刑者の罪は消滅するというのが近代法の理念です。釈放をもって戦犯の名誉は国際的にも回復されたと言うことです。A級戦犯とされ有罪判決を受け禁固7年となった重光葵氏は釈放後、鳩山内閣の副総理や外相となり、国連加盟式典の代表として戦勝国代表から拍手を受け功績を認められ勲一等を授与されているのです。

さらに終身刑となった賀屋興宣は池田内閣の法相を務めています。名誉が回復されていないとするならば、日本国は犯罪人を大臣に任命して勲章を与えた事になるのです。日本政府は、東京裁判の裁判官の一人として、判決を全面的に否定したインドのパール判事に対して勲一等瑞宝章という、他の裁判官には与えていない勲章を与えているのですが、これはどのような理由であるのでしょうか。よく歴史を勉強してよく考えて戴きたいものです。

東條英機の出世の糸口 仲條拓躬

2025/06/24 (Tue) 08:22:16


昭和12年(1937)7月7日の七夕の夜、盧溝橋事件が突発しています。このとき陸軍中央では石原莞爾作戦部長が不拡大を唱えるのです。平和解決でいこうと蒋介石も思っています。ところが、陸軍省では梅津美治郎陸軍次官が拡大を唱えるのです。

拡大と言っても、際限なく戦争を拡大しようというのではありません。一挙に数個師団を派兵して、蒋介石が率いる国民党軍にガツンと一撃を食らわす。そうすれば日本に有利な形での休戦協定ができるだろうと考えたのです。

当時陸軍省では軍事課長である田中新一という軍人、参謀本部では石原莞爾の下にいる武藤章という軍人、二人とも二葉会のメンバーなのですが、この二人がもっとも強硬に派兵を唱えたのです。

梅津陸軍次官も田中や武藤と組んだので、石原莞爾の不拡大の意見は少数意見となるのです。石原莞爾は、「華北に軍隊なんぞ送ったら、あの広大な中国ではナポレオンがモスクワで味わったと同じような泥沼戦争になる、だから軍隊は絶対出しちゃいかん」と言うのです。

ところが、派兵を主張する者の中には「国民党軍が100万であろうが、日本兵を見ただけで中国兵は逃げるのだから、とにかくここは軍隊を送って脅かしておけばいい」などと、楽観視するのがいるのです。

今日になれば、石原莞爾の予測が的中していた事がよく解る訳ですが、当時の陸軍の幹部には蒋介石の国民党軍を支援している中国民衆のナショナリズムの勢いが見えていないのです。中国に対する蔑視というか、日本の陸軍の精強神話を無邪気に信じているというか、たぶん両方でしょう。

石原莞爾が頑として派兵に反対しているので、派兵論者の田中新一が業を煮やして、「作戦部長をやめろ」と石原莞爾に向かって怒鳴りつけ、石原莞爾が、「貴様こそ辞めろ」と言い返して、殴り合いの喧嘩になりそうになったというのはこの時です。

結局石原莞爾は派兵を止める事が出来ずに作戦部長を辞めていきます。そして満州の関東軍司令部参謀副長に転任するのです。この後、陸軍の実験は武藤章、田中新一などの、いわゆる「少壮幕僚」と言われる軍人に移るのです。

石原莞爾が着任した関東軍には参謀長として東条英機がいました。東条英機は盧溝橋事件が起きたときには、関東軍司令部を派兵論でまとめ、関東軍司令官である植田謙吉大将の名前で、派兵の決断を促す声明を発表させ、また「東条兵団」を率いて、満疆地区に出勤したりしてします。武藤章や田中新一と同じく強硬論者だったのです。

この時の東条英機の対応ぶりが、「東条さんもなかなかやるな」ということで、武藤や田中に見直されます。後の陸軍次官、陸軍大臣、首相へと東条英機が出世の階段を上っていく糸口になるわけです。満州事変の立て役者と言われる石原莞爾の株が下がり、東条英機の株が上がった瞬間だったのです。

リハビリの基本は歩くこと 仲條拓躬

2025/06/24 (Tue) 08:21:03


心臓手術が終了し、日常生活に戻るまでにはリハビリが非常に重要です。リハビリを積極的にやった人とやらなかった人では、社会復帰までにかかる期間や、復帰してからのアクティビティーに雲泥の差が出ます。

2012年の2月に、冠動脈バイパス手術を受けていただいた天皇陛下のその後のご回復ぶりも、熱心なリハビリのたまものだといいます。術後、入院中の陛下は屋内でトレッドミル(ウォーキングマシン)を使った歩行運動にコツコツと取り組まれ、その後は皇后陛下とご一緒に病院内の廊下を歩く院内歩行を続けられたといいます。

3月初めに退院されてからは、徐々に距離を延ばしながら御所の中を散策されたり、階段を上り下りされたりと、軽い運動を伴うリハビリを繰り返されたそうです。そして3月11日には、東日本大震災の1周年追悼式典に出席、手術から3か月後の5月中旬には、英国のエリザベス女王の即位60周年を祝う式典に参加しました。

ロンドンを訪問しています。強い意志を持って実直にリハビリに取り組まれた成果といえるでしょう。心臓リハビリの基本は「歩く」ことです。医師や看護師の指導のもと、有酸素運動を積極的に取り入れ、回復の度合いに合わせて少しずつ負荷を増やしていきます。

ひと昔前までは、術後は1週間近く集中治療室で安静にするのが当たり前でした。 しかし、それでは筋力が低下したり、呼吸機能が落ちたりと、体力が衰えて日常生活に戻るまでに時間がかかります。

退院後は心臓に負荷をかけすぎない有酸素運動を最近は、患者がベッドから起き上がって歩行などを行う、「離床」をできるだけ早く始めるようになりました。回復状態によって違ってきますが、一般的に手術の翌日から離床を始め、おおむね2~3日で病院内を歩き回れるようになってきます。

私も手術を行った次の日から歩かされました。だが、そのまま心肺停止となり大変なことになりました。原因は不明ということでしたが、自分では過度なストレスによるものだと思っています。手中治療室を出た後は、徐々に距離を延ばしたり、階段昇降を組み合わせたりしていくのです。

最近は、さまざまなエクササイズマシンも開発されています。そうした機器を有効に取り入れながらリハビリに取り組むと、早い段階で負荷を増やし、期間を短縮できる場合もあります。リハビリを担当する医師や看護師は本人の相談をよく聞いてくれる方に当たれば幸いです。

医師に誘導されない 仲條拓躬

2025/06/24 (Tue) 08:19:20


多くの患者は治療に対する知識がないので、医師がやりやすい治療に誘導されてしまっているという側面もあります。手術は基本的に一度しかできないと考えるべきです。再手術をする場合、長い期間を空けないとリスクが高くなるからです。

そのため、外科医は患者の手術後の生活や体の負担まで考えて、「本当にこの患者にとって手術が正しい治療法なのか」ということを、消去法であぶり出していきます。一方、内科医には、「とにかくカテーテル治療をやってみて、先のことはそれから考えよう」といった発想をする医師もいます。

ひどい病院になると、カテーテル治療でステントを入れたあと、抗血小板剤を服用した患者にアレルギーが出て、「あれっ困ったな……」というようなトラブルを起こすことさえあるようです。

大事なことは医師の言いなりになるのではなく、患者側も心臓病の治療に関する知識をしっかり身につけることです。それが自分を守ることにつながるのです。「別の科」を受診するセカンドオピニオンを患者にとって、何が適切な治療かを判断するには、医師の診断能力が重要です。

正当な手続きが踏まれないままカテーテル治療が行われている場合、医師側が自分たちのやり方を患者に押しつけているか、病院の経営的な要素を疑わざるをえません。診察を受けている病院や医師に不安がある患者は、セカンドオピニオンをお勧めします。

内科治療であるカテーテルをするべきか否かの判断は、別の循環器内科医の意見を聞くのがベストです。具体的には、「ほかの病院でカテーテル治療を勧められたのですが、本当に必要ですか」 と、聞いてみるといいかもしれません。

「カテーテル治療か、バイパス手術か」といったように、内科治療か外科治療かの選択で迷っている場合は、診断を受けた科とは別の科を受診するのがいいでしょう。たとえば循環器内科で、「カテーテル治療をやって、必要であればカテーテル以外の治療も考慮しています」と言われた場合は、心臓血管外科医を訪ねてみましょう。

「本当にカテーテル治療を受けなければいけないんでしょうか」と、相談してください。心臓血管外科医も、診断から治療までの知識は持っています。悩んでいる患者に手を差し伸べてくれる医師はたくさんいます。

三国同盟に反対した方 仲條拓躬

2025/06/19 (Thu) 07:28:19


三国同盟には、反対論がありました。その中で代表的なのは、海軍の吉田善吾。この方は非常にシャープな方で、三国同盟に反対しています。理由は、ドイツに戦争へと引き込まれるということです。

有名な当時、連合艦隊司令長官だった山本五十六も反対の急先鋒でした。ただ、吉田善五は激務で体を悪くして、倒れ入院ということになってしまったのです。山本五十六は連合艦隊司令長官でしたが、連合艦隊司令長官というのは、こういう政策に直接責任を持つ立場ではありません。結局、三国同盟を海軍側がのむことになります。

それから吉田茂。昭和15年(1940)の秋、吉田茂は実に的確な情勢判断を残しています。近衛文麿あてに、長い手紙で次のような内容の反対論を展開しているわけです。最初だけ紹介します。

「謹啓、政務多端日夜ご心労の段、拝察し奉り候。さて、小生承知いたし候ところにては、世間いわゆる国家新体制についてすこぶる了解いたしがたしと考えうる者多く、外交転換も大使召還をもって壮挙とするよりは暴挙となし、その後、後任者の名を聞きて、ますますその感を深くし、外務省内には不安の空気に満ち、外交機能停止状態とのことにこれあり。日独軍事協定の内容は存ぜず候ども、ドイツの勝利を予想してのこととなれば、その特使特派の事実こそ、彼自身、勝敗に確信動揺の証左と見るべき」

吉田茂は、ドイツから特使が来ているということは向こうが急いでいるのだ、それは1つの弱点なのだということをいかにも外交官らしく書面で指摘しています。義父が牧野伸顕ですから、牧野伸顕にも近衛文麿に出したのと同じような趣旨で次のような書簡を出したのが残っています。

「拝啓、日独軍事協約は、なおいまだ決定に至らざるよしに候ども、仏印問題急に悪化の模様にて心いたされ候。首相(近衛)も最早進退を考えられるべきときと存じ、別紙一紙を差し出し候。」

これは手紙文ですけれど、首相も最早進退を考えるべきと存じ候と言うのですから、近衛首相にもうおやめになった方がいいということを直言いたしましたから、どうぞよろしくと言って、自分の義父である牧野伸顕に手紙を出しているのです。吉田茂が、非常に強い信念で動いていることがわかります。

この首相に対するおやめになったらよろしいという話と似たような話があります。それは、昭和18年(1943)に戦局が悪くなって、東条首相が藁にでもすがりたい気持ちになってわざわざ山形にこもっている石原莞爾を東京に招請したときのことです。

東京の市ヶ谷の大本営で東条英機が会ったときの最初の言葉が「どうしたらいいだろう」と言うわけです。そのときの返事がまことに石原莞爾らしいのです。「あなたがおやめになるのが一番よろしい」と言ったという記録が残っています。

同じようなことを吉田茂もやっているわけです。これが三国同盟に対する反応として一番大きいというか、歴史的におもしろいところです。

人類最後の大戦争 仲條拓躬

2025/06/19 (Thu) 07:27:00


国内のテロやクーデターなどには石原莞爾ははっきり反対しています。日中戦争が始まった時も、石原莞爾は即座に困ったことが起きたと言います。ソ連をはじめとするヨーロッパ諸列島に対抗することがアジアの解放になるので、アジアの民族内で戦争するのは全く筋違いだというのが石原莞爾の基本的な考え方です。

だから、日中戦争が起きたときに石原莞爾は大反対しますが、このこともあって、第二次世界大戦が始まる半年以上前に軍人を辞めさせられるのです。石原莞爾の考え方の基本は世界最終戦争です。この世界最終戦論について簡単に述べてみます。

第一次世界大戦は、ヨーロッパ諸民族でやっている戦争なので、世界大戦と称することはできないでしょう。そして、この戦争の後、西洋文明の中心はアメリカに移りました。次いで来たるべき決勝戦争は、日米を中心とするものにして、これこそが本当の世界大戦になるであろう。

こういう大戦争が起きたときには、いままでの我が陸軍のやり方とは全く違った、空軍をもってする決勝戦争になるであろう。そして、人類の闘争力の最大限をここで持ち帰るような、人類の最後の大戦争に広がるであろう。

そして、この大戦争によって、世界はやっと統一せられ、絶対平和の第一歩に入るべし。これが石原莞爾の考えた世界最終戦論で、基本的な考え方になっているわけです。これは日蓮宗的な末法的な考え方も革命的な考え方も入っているようです。

さらに石原莞爾はこういうことを言っています。「しからば、この最終戦争の起こる時期、1、アジア諸民族の団結。すなわち東亜連盟の結成を成就し終わったときにこの戦争をやろう」ということです。言い方を換えれば、東亜連盟という石原莞爾の理想とするアジア民族の統一体ができないうちは、この最終戦争をやってはいけないということです。

「2、アメリカが完全に西洋の中心たる地位を占めたとき。3、決戦用兵機が飛躍的に発達し、特に飛行機は無着陸にて容易に世界を一周し得ること。航空機を使う空軍の組織がそこまでできないうちは戦争をやるな」ということになります。

しかも、石原莞爾はもっと具体的に、昭和15年(1940)の時点から30年内外にこの戦争は起こるであろうと言っていたのです。そして、これが人類最大の戦争になると言っている。

ただ、その最大最終の戦争の前は、アメリカがヨーロッパを支配しているという世界圏ができていて、それに対してアジアの独立とアジアの解放を守る東亜連盟を母体とするアジア勢力圏ができている。

そして、この両者の間で最終戦争をやる。その体制が整わないうちは戦争などやるな。これが石原莞爾の基本構想だったのですが、現実は日本陸軍の暴走は止められず欧米諸国のシナリオにまんまとはまってしまったのが残念でなりません。

牡蠣について 仲條拓躬

2025/06/16 (Mon) 16:37:45


7月後半から広島へ出かける予定ですので牡蠣を食べようかと思います。牡蠣は、左右不揃いの殻を持つ2枚貝です。海中で岩などに付着し、おもに植物性プランクトンを食べています。牡蠣が「海のミルク」と呼ばれるのは、色々な栄養成分を豊富に含み、噛むとミルクのような食感があるからです。

タンパク質を牛乳の5倍も含み他の魚介類と比べると糖質が多いのです。海水の中で生活しているので、亜鉛、ヨウ素、鉄、銅などのミネラルも豊富なのでうまみを見極める舌にとてもよいのです。

牡蠣の糖質の主体はグリコーゲンなので、消化吸収しやすく、ブドウ糖に変わってエネルギー源となります。また、高タンパク・高糖質でありながらエネルギーは低めなので、ダイエット効果も優れています。

さらに、ヌルヌルする粘質成分に含まれるタウリンが含まれており、血中コレステロールの増加を抑制する働きもあるのです。牡蠣のキムチ鍋などは、旨いだけでなく、辛味成分のカプサイシンが血行を促進し、代謝を良くするので、カロリーの低い牡蠣と併せて食べれば、ヘルシーな料理になります。

糖尿病の人は癌になりやすい 仲條拓躬

2025/06/16 (Mon) 16:36:38


糖尿病が癌に罹患するのは、近年、様々なデータの裏付けがあります。2010年には米国糖尿病学会と米国癌学会が、2013年には日本糖尿病学会と日本癌学会が、それぞれ合同で、糖尿病とがんの関連に関する報告書を出しました。

日本糖尿病学会と日本癌学会の報告書では、日本人の場合、糖尿病は大腸がん、肝臓がん、膵臓がんのリスクを上げることが明らかになっていると指摘されています。このことは、多くの健康診断の結果を診てきた私自身の印象とも合致しています。

では、なぜ、糖尿病があるとガンになりやすいのか。それは、糖尿病とがんの発症プロセスには共通点が多いからです。まず、がん細胞は生体のコントロールを無視して無限に増殖し、浸潤や転移をして他の臓器を侵襲していくわけですが、そのためにはたくさんのエネルギーを要します。

がん細胞はそのエネルギーをどうやって得ているのかというと、ブドウ糖です。ブドウ糖をエネルギー源に、「解糖系」と呼ばれるサイクルを回してエネルギーを生み出しています。私たちの体には「解糖系」と、ミトコンドリア内の「電子伝達系」という2種類のエネルギー製造装置が備わっています。

がん細胞は、ミトコンドリアが壊れているか、使わないようにしているため、ブドウ糖を分解してATP(エネルギーの貯蓄のこと)をつくりだす解糖系のみに依存しています。ところが、解糖系は、ミトコンドリア内の電子伝達系に比べて生産効率が低い。電子伝達系のほうが、1倍も効率よくATPをつくり出すことができます。

そこで、がん細胞は体温を下げることで、血液とともに届けられる栄養分を自分が横取りできるように画策しているのです。体温が下がると、ミトコンドリア内で働く酵素が十分に働けなくなり、正常な細胞のミトコンドリアが機能不全に陥ります。

そうして使われなくなった栄養を、がん細胞が横取りしていくわけです。つまり、がん細胞にとっては、ブドウ糖がたくさんあって体が冷えている状態ほど暮らしやすいところはありません。

一方、糖尿病はと言うと、血液中にあふれたブドウ糖を細胞をスムーズに取り込めなくなる病気です。なおかつ、なぜそういう状態に陥るのかと言うと、ブドウ糖を日々摂りすぎているからです。つまり、糖尿病もがんも、キーワードはブドウ糖なのです。

生命体にとってブドウ糖は大切なエネルギー源であり、非常に重要な役割をしています。しかし、がん細胞は、ブドウ糖をより多く手に入れられるように進化したもので、糖尿病はブドウ糖を摂り過ぎた結果、ブドウ糖をうまく使えなくなったもの。どちらも、ブドウ糖をいかに制御するかがカギなのです。

もう一つ、ミトコンドリアの機能不全という共通点もあります。先ほど、がん細胞はミトコンドリア内のエネルギー製造装置である電子伝達系が使えなくなっている、と書きました。つまり、がんは、ミトコンドリアの機能不全そのものなのです。

一方、糖尿病では、膵臓の細胞が疲弊し、インスリンの分泌低下が起きますが、その直接的な原因は何かと言えば、B細胞のミトコンドリアの機能低下です。このことはすでに明らかになっています。では、インスリンは十分に分泌されているのにGTFが不足しているために血糖の取り込みがスムーズに行われないということに関してはどうでしょうか。

これはまだ仮説段階だといいますが、やはりミトコンドリアの機能低下がかかわっているといいます。各細胞のミトコンドリアがくたびれてくると、こうした不具合が起こりやすくなるのでしょう。最近では、がんや糖尿病に限らず、生活習慣病はミトコンドリアの機能不全症であると言われています。

細胞のなかでミトコンドリアがエネルギーをつくっているわけですから、そのミトコンドリアが障害を受け、エネルギーをつくれなくなると、その細胞の機能が落ちてしまいます。そうすると、さまざまな病気につながるのは無理もありません。

たとえば、アルツハイマー病は神経細胞のミトコンドリアの機能不全、不妊症は卵子の中のミトコンドリアの機能不全と考えられます。そして、ミトコンドリアの機能を維持するのに切っても切り離せないのが、ミネラルです。 ミトコンドリアで電子伝達系をまわすには、一つひとつの反応の触媒となる「酵素」の存在が欠かせません。

酵素の働きが低下すると、すなわち、ミトコンドリアの機能が低下します。逆に言えば、ミトコンドリアの機能を維持するには、酵素にしっかり働いてもらうことが欠かせないのです。たとえば、体内でアミノ酸(タンパク質)を分解すると、窒素が作られ、さらに余分な窒素からアンモニアがつくられます。

体内では当たり前のように行われている反応ですが、工業的にアンモニアをつくろうとすると、窒素と水素を500度といった高温かつ100気圧といった高圧で反応させなければ合成することはできません。それなのになぜ体内では37度程度の温度下でアンモニアをつくれるのかというと、触媒となる酵素があるからです。

それだけでも酵素の存在が重要なのです。そして、その大事な酵素が十分に働くには、酵素の働きを助けるミネラルが必須なのです。ですから、ミトコンドリアの機能不全は、酵素の機能不全でもあり、「ミネラル病」でもあります。背景には酵素とミネラルの不足が隠れているという点も、がんと糖尿病は共通しているのです。

がん細胞は三つのタイプある 仲條拓躬

2025/06/16 (Mon) 16:35:20


捕まえたがん細胞を調べると、がん細胞には3種類あるといいます。「タイプ1」「タイプ2」「中間型」と呼ばれる3種類です。タイプ1は「働き蜂」のようなもの、タイプ2は「女王蜂」のようなものとイメージすれば、わかりやすいとのことです。

これまでは、ガンというのは、すべてのがん細胞が分裂して増えていくものと考えられていました。ところが、それが間違いで、「女王蜂=タイプ2」のがん細胞のみが分裂する能力を持ち、「働き蜂=タイプ1」は分裂する能力を持っていないというのです。

このタイプ1の癌細胞は、そのまま放置していても分裂することはなく、やがて消えていきます。おそらく体内に備わった防衛システムである免疫細胞がやっつけてくれるのでしょう。ですから、もしも、ある人のがんがタイプ1のみであれば、がんがそれ以上大きくなることもなければ、そのがんが原因で死ぬこともありません。

一方、タイプ2のがん細胞を放置しておくと、2ヵ月以内にすべての患者さんが亡くなることがわかりました。なぜなら、「女王蜂」が血液の流れに乗って、どこかに転移巣をつくると、そこで直ちに分裂を開始し、働き蜂をまわりに並べて、免疫細胞や抗がん剤の攻撃から自らを守りながら、分裂して数を増やしていくからです。

では、「中間型」とは何かと言えば、生まれてすぐの若い細胞です。そのまま放置しておくとタイプ1になる場合もあれば、タイプ2になる場合もあります。どちらになるかはわかりません。ですから、CTC検査を行って、タイプ2または中間型のがん細胞が見つかったら、それらを殺さなければ、患者を救うことはできないのです。

全身で4リットルほどの血液が循環しているので、4ミリリットルの血液にタイプ2のがん細胞が1個でもあったなら、体内にはその千倍の女王蜂が泳ぎ回っていると考えられます。 ただし、前述したように女王蜂(タイプ2)タイプのがん細胞はまわりに働き蜂を並べてガードしているため、攻撃は容易ではありません。

なんとか、タイプ2のがん細胞を死滅させる方法はないものか、そう悩んでおられた日本遺伝子研究所の方から相談をいただいたのが、2018年頃です。先生がステージ3やステージ4のがん患者に対して行っているのは、『がんの非常識』の本に書いてあります。

それは、免疫治療、遺伝子治療、温熱療法、サプリメント、そしてヨード(LS33・安定ヨウ素水)を組み合わせた複合治療です。このうち、がん細胞を直接殺せるという論文が多数見つかり、実際に患者に服用してもらったところタイプ2のがん細胞を死滅させることが確認できたのが、ヨードでした。

これまでに80人ほどの末期がんの患者に服用してもらい、どの患者も、1、2週間のうちにタイプ2のがん細胞がいなくなりました。 タイプ2のがん細胞がなくなったということは、すぐには亡くならないということです。

ただし、もともとのがん病巣は残っています。そして、ヨードだけで、もとのがん病巣まできれいになくなるかというと、きれいになくなる人もいれば、なかなか変わらない人、まれに悪くなる人もいる、ヨードだけで完全に治るわけではないこともわかってきました。

こうした経緯から、現在、末期がんの治療は、次のように2段階に分けて行っています。第1段階、ヨードを服用し、血液中のタイプ2と中間型のがん細胞をゼロにする。第2段階、患者と話し合いながら、ヨード、免疫治療、遺伝子治療、温熱療法、サプリメントという選択肢のなかから良いと思われるものを組み合わせた複合治療を行うというのです。


Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.